子どもと自然・環境 事例 4

子どもたちに山のめぐみや楽しさを 日本で唯一の小学生向け登山クラブ やまたみキッズ登山クラブ

認定NPO法人 信州まつもと山岳ガイド協会 やまたみ 理事 松場 省吾

松場さんの顔写真

はじめに

 信州まつもと山岳ガイド協会 やまたみというNPOが松本市にあります。設立は2005年。2002年の国際山岳年の合言葉「WE ARE ALL MOUNTAIN PEOPLE」「私たちは皆 山のたみである」という言葉が、名前の由来です。設立以降、順調に会員数を伸ばし現在100人を越える会員が、県内外の山に関わる現場で活動しています。主におとな向けのガイド派遣や、学校登山の引率、上高地等での自然学習旅行、そしてガイドが自分たちで企画し実行する自主事業などが事業の柱です。

 その自主事業に今回紹介する「やまたみキッズ登山クラブ」があります。事業スタートから2018年に10年目を向かえ、年々充実の活動の場が広がっています。子どもの健全育成事業。言葉ではあっさりしたものですが、子どもたちを山に連れて行きたい。これを貫いた10年間でした。

こども自然教室からスタート

 私が長野県に来たのは、今から約20年前。長野オリンピックの終わった冬に野沢温泉にきました。その後乗鞍高原や白骨温泉での仕事や生活の合間に趣味の登山を続けながら、自然体験活動や登山ガイドの勉強をして、2009年に信州山案内人の資格を取得し、2010年にやまたみへ入会いたしました。この間長野で感じていたのは「長野県の人は山に登らないなあ」でした。曰く「大変でしょう? 危ないでしょ。何でそんなきついこと」などなど登山に対するイメージは3Kそのもの。すべての人というわけではもちろんありません。しかし、実際に登山をしている人を聞いてみると実は県外者なことも多く、長野県の人はMTBやクロスカントリースキー、スノーシュー、などの山のアクティビティにも感心有りません。

 こんな恵まれた環境にいながらもったいないじゃないか!という想いが当時やまたみでスタートしたばかりの「やまたみこども自然教室」に関わったきっかけでした。前年にスタートした同教室は、メインのスタッフが男性1名女性2名。月に一回で、登山のほかにも、川の自然観察会やクラフトなど、いろんなことにチャレンジしていましたが、まだ登山に特化する前の試行錯誤の段階だったと思います。

 私がスタッフとして関わりだしてからも、自分の子どもを連れて行って3人とか5人という回が続きます。認知度は低く、広報にも予算がないため、自分たちの子どもを連れて人数を増やす日々でした。

キッズ登山クラブと改名

 一つの転機は、2013年に名前を「やまたみキッズ登山クラブ」と登山に特化して、しかもクラブとつけたこと。やっと最近になって気づきましたが、これは今でも日本で唯一の小学生向けの登山クラブではないかという事実です。

 相変わらず一定数はスタッフの子どもが参加しているものの、参加者の口コミから徐々に増えてきたのもこの時期。またスタッフもいろいろなジャンルの方に関わってもらい、スタッフ側の実力や経験の蓄積もできてきました。明確に親が参加して良い「ファミリー登山教室」を別に設定したのもこの頃です。

 また、松本や安曇野など近くからの参加者ばかりでなく、茅ヶ崎から2年来てくれた親子、佐久から通ってきた6年生。現在は、中津川や長野市などから来る子どもたちが、参加者同士また保護者同士で刺激しあって参加してくれる効果を生みました。

 現在も安定した参加状況とは言えませんが、2018年度の実績としては、キッズ登山クラブ14回で177名。ファミリー登山教室5回65名参加いただきました。少しずつではありますが、登山や自然体験の活動が広がり、3月20日にはそうした活動が評価され「ジャパンアウトドアリーダーズアワード2019優秀賞」をいただくことができました。個人の受賞ですが、長野県内では初受賞で、多くのメディアにも取り上げていただいています。

槍ヶ岳で撮った やまたみキッズの集合写真

クラブ活動としての登山

 小学生向けの登山クラブは、今のところこの事業以外では見当たりません。先にも書いたように日本唯一のクラブです。すなわち日本一のクラブ活動です。ということは、他の地域ではそうした子どもたちに登山をさせたいというニーズの受け皿がない状態が続いています。一歩間違うと遭難や大きな事故に繋がる危険をはらんだスポーツにおいて、ほとんど学ぶ場がない状態です。おとな向けの教室はありますが、登山に興味がある方の多くは、そうした教室ではなく、本やネット情報のみで登山を始めてしまい、安全登山を身につける機会が無いのが実情に思います。学校登山の現場でも、ほとんどの先生はプライベートで登山をすることがなく、知識も経験もない状態で引率している印象です。

 長野県において、野球やサッカーと同じように、地域に登山クラブがあるという状態を作りたいということが、今強く望んでいることです。子どもたちがしっかりと安全登山を身に付け、山の楽しさを知っておとなになることは、かけがえのない財産です。彼らは知らず知らずに長野県の良さを発信してくれることでしょう。地域を保全する力になることでしょう。すでに、初期の参加者は、高校生や大学生、社会人になる年齢です。「山岳救助隊になりたい」とか「山小屋で仕事してみたい」というような子どもたちも出ています。

 クラブ活動をして気づいたことで、子どもたちは次の目標があると、大きく成長するということがあります。この夏燕岳へ登る、来年は槍ヶ岳だなど、そうした目標設定によって、現場での行動はもちろん、家庭での生活にも影響があり、食事を集中して食べるようになったとか、自分の身支度ができるようになったという報告を保護者の方からいただいています。また、先輩がいることでの目標。後輩がいることでの自覚など、指導はしなくても子どもたち同士が刺激しあって次のステップへ成長していく姿には、こちらも驚かされます。

おわりに

 登山の最大の目標は、無事下山です。決して登頂が成功ではありません。また、その過程の中で楽しかったことがあることが、次に繋がると思っています。2019年2月にアンケートをとりました。その中で、参加した感想を聞いたところ、「楽しかった」「○○できてよかった」「○○がおどろいた」「○○がきれいだった」「○○がおいしかった」というものがほとんどでした。一部「きつかった」「つらかった」「いやだった」という事もありましたが、子どもたちにとって、登山や自然体験が楽しい経験値として刻まれるということは、自信を持って今後も小学生向けの登山クラブを広げていける裏づけになりました。

 やまたみだけのオリジナルの活動ではなく、長野県内の他地域や全国にも広がり、元気な子どもたちが日本の山や野原に遊ぶ姿を夢見ています。

アンケートの写真

次の記事へのリンク 分野 7 の次の記事を読む

他の記事へのリンク 分野 7 の目次へ戻る


トップページへのリンク トップページに戻る