子どもと自然・環境 事例 5

長野県の自然と子どもの自然体験活動

信州大学教育学部 渡辺 隆一

渡辺さんの似顔絵

はじめに

 自然体験の多い子は「自分の自信や自己効力感を示す、自己肯定感が高い…」など、子どもの成長にとって自然体験が大切であり、かつ必要なことが多くの調査研究によって確認されています。また、その必要性や重要性を県も国も認めており、児童生徒に必須のものとして学校現場に提示してもいます。しかし、自然体験の価値は、学校や社会での学びとは大きく異なり、自分自身でそれを選び、対象の自然に体と心の両面で対峙し、直面し、うまくゆくことや失敗すること、時には痛い目にあうこと、時には甘い木の実を食べられることなど、さまざまな結果を自分自身に受け取ることであり、教師による指導的な学びとは大きく異なります。学びの対象たる自然は、学校での教科書や試験という、範囲も限界も見えている世界とは異なり、手近の草花から視界の隅を逃げ去ってゆく獣の姿や、激しく波打つ川に「泳げるだろうか」と戸惑う岸辺、見上げる夜空に無限に輝く星の世界まで、まさに限界のない世界です。学校での学びもそれを乗り越えるのはなかなかに大変なことではありますが、無限の自然を相手の学びはそれとはまったく異なるものです。SDGsのように、世界の変革のために新たな創造力が求められている時代にあって、これまでのような限定的な知識を獲得する学びから、創造的、独創的な知を生みだすためには、まさに過去の成果を学ぶだけではなく、自らが進んで体験し、心身ともに納得する、まさに独創的な世界観を獲得する必要があります。自然体験は、ただ自然を知ることだけではなく、一人になって広大な無限の世界に立って自分とそれをとりまく社会や世界をつかみとるための子どもの成長にとって必須の手段なのです。ここでは、信州の子どもをとりまく自然と自然体験の状況を概括し、それを促進するための提言をおこないます。

信州の自然の特徴と自然体験活動

 山国である信州は当然山がちであり、人々の住む盆地部でも傾斜地が多くなっています。そのため自転車などの普及は遅れていますが、半面で、その起伏が自転車競技やトレイルランなど地形変化の楽しみを要求する野外スポーツの舞台として注目され、近年急速に発展してきています。河川もまた多く、かつての児童は盛んに夏季には水遊びや水泳などをおこなっていましたが、山国ゆえの急流や曲流により多くの水難事故があったといいます。そのため戦後はいち早く学校にプールが整備され、児童が河川に遊ぶことが禁止されるようになってしまいました。しかし、こうした河川の特徴もまた、近年ではカヌーやカヤックなどの水上スポーツが盛んになりつつあり、緩急のある河川の特徴が生かされています。また、一時は衰えていた登山も、山ガールなど新たな若者層が山岳会に参加しつつあり、ブームとなっています。一方で、高齢者などには軽い山歩きの里山がブームであり、数日かけて長距離を歩くロングトレイルなども整備されてきています。関田山地の信越トレイルは、日本を代表するロングトレイルとして、国内のみならず海外からの愛好者も年々増加しつつあります。また、冬季の寒さを生かしたスキーやスケートは、長野県の産業としても重要であり、かつ地域の子どもにとっても冬季スポーツに親しみ体験する機会は多く、スピードスケートの小平選手のような世界チャンピオンも生み出しています。このように、信州の自然を生かした野外スポーツが盛んになる多様な要素があることが、信州の自然の特徴ですが、肝心の信州の子どもたちにこうした特性や機運を伝え、どれほど体験させているのかには多くの課題があります。

信州の自然体験の現状

 自然に恵まれた信州の子どもたちの自然体験は豊富なように思われますが、体力的には必ずしも都市部の子どもより優れているわけではありません。自然体験活動といってもその内容には活動の舞台となる自然の知識と体験そのものとの二面性があります。自然観察会などは知識を中心とした野外活動であり、特に自然豊かな信州は都会からの自然観察会の舞台ともなっています。しかし、自然体験の舞台としての自然の理解は自然体験活動の前提ではありますが、一般に自然体験活動で自然の知識獲得が意識されることは少なく、それは学校での理科や社会科での学習でと思われています。温暖化など環境問題の深刻化により環境教育が普及することで自然環境の理解がこれからは進まざるをえなくなるでしょうが、まずは現代の子どもたちに圧倒的に不足している「自然に立ち向かうことによる体験的な学び」こそが必要とされており、ここでは体験重視の施設や制度、その現状を紹介します。

● 自然体験施設や自然学校

 自然豊かな信州には自然体験施設が多数あり、国立青少年機構のHPには長野県だけでも50件近く紹介されています (ただし、近年はやや減少傾向ではある) 。その多くは都市部や県内の自治体の設置した公的なものですが、民間の自然学校やホテル、ペンションにも自然体験を積極的に行なっているものが多く、実際にカウントすれば全国一といえるでしょう。まさに信州は自然体験活動のメッカといえ、アウトドア活動の全国センターとして「自然体験活動指導者センター」が県内に設置されたのもその故です。

 自然学校とは、自然体験活動のための「プログラム」やその場の提供をする組織体であり、広く社会や世界に目を向ける学びがあることから近年の「持続可能な社会づくり」にも大いに期待されています。そのプログラムは里山体験・育林体験・山岳体験・雪国体験・自然観察・環境教育などと区分され、信州の自然の特性を生かして県内外の子どもや観光客に対してさまざまに展開されています。文科省も学校に対して長期宿泊体験を求めており、そのための受け入れ施設および指導者養成を長年実施し、県内の多くの観光地が体制整備やガイドなどの人材養成を行なってきています。それもあって、県内には自然学校的な活動を提供しうる宿泊施設や、セラピーロードなどの自然保養を目的にした地域も数多くあります。

● 森のようちえん

 「2017 長野の子ども白書」で内田氏により紹介されている飯綱高原の森のようちえんは全国に先駆けての自然体験型幼稚園であり、そのすばらしい実践は全国に広がって新たな森のようちえんが次々に誕生し、今や800園を超えています。そうした活動の教育的効果を認めて長野県では、県土の豊かな自然を生かした教育活動として幼児向けに自然体験を主としている幼稚園や保育園を「信州やまほいく (信州型自然保育) 」に認定し、その普及に努めており、現在185園もあります。

学校登山

 長野県の特徴ある活動として、多くの小中学校では学校登山を実施しており、その現状と課題を「2015 長野の子ども白書」で渡辺が紹介しています。そこでは、学校登山の実施校が多忙化などのために年々減少しており、継続のためには、学校登山の目的を行事から学習活動と明確化し、かつガイドなどの安全対策を充実させることなどが提案されています。学校の多忙化によって遠足や農作業体験なども年々減少するなかで、山国信州の自然を直に体験する登山は貴重な機会であり、「2018 長野の子ども白書」でも山岳ガイドの石塚氏が安全で楽しい学校登山が継続されるようにと具体的な課題と改善点を述べてもいます。

信州の子どもたちに自然体験を進めるために

 こうした多くの自然体験施設や制度、ガイドなどの人材に恵まれた信州ではありますが、肝心の信州の子どもたちにこうした自然体験の機会がどれほど活用されているかは疑問です。そこで、この恵まれた自然を子どもたちと共に生かし、活用するための方策を以下に提案したいと思います。

● 幼児には:信州やまほいくの「森のようちえん」の中には政府の幼児教育無償化の対象にならない施設・活動があるといわれています。本来は最も進んだ幼児教育の姿である野外保育をより推進するためにも、すべてのやまほいく園を無償化する必要があるし、積極的にその効果の広報や支援をおこなうことで全県に広めてゆくことが望まれます。

● 学校登山では:行事としての登山から、地域を知る郊外学習を目的として、事前学習から登山実施、成果発表までを総合的な学習活動とすることが望ましいと思います。また、県内全高校で実施されている「信州学」の一環として、学校登山を自然体験学習として実施するのも効果的ではないかと考えます。

● 地域では:近年の災害多発の時代にあっては地域ごとにおこなわれる防災教育を、災害弱者とされる子どもを含めて進める必要があり、地域の自然やその特性を実地に体験しながら、地域をあげた活動として実施することが求められます。

● 社会では:長野の子ども白書が発行されるのは、子どもが疎かにされている現在の社会的背景があり、不確定な未来だからこそ、将来を担う子どもの成長への支援を、行政や政府はより真剣に施策として実施しなければならないからです。県や市の自然体験施設が次々に閉鎖されてゆく現状は財政的な問題もあるのでしょうが、むしろ子どもの発達のためには、利用の減少などもあり、より活用を促す施策が求められます。

 子どもの成長にとっての自然体験の必要性は、近代化、先端技術化する時代のなかでますますその重要性が増しており、信州の子どもたちのよりよい成長のために、信州の豊かな自然とそれを生かして設置されている豊富な施設、人材の活用が今、強く求められているといえるでしょう。


※分野 7 の記事は以上です。

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