子どもと自然・環境 事例 3

絶滅危惧種 昆虫少年 を育む 三郷昆虫クラブの活動

三郷昆虫クラブ 那須野 雅好

那須野さんの顔写真

三郷昆虫クラブの発足

 1991年4月、旧三郷村の「スポーツ・学芸クラブ」所属の1団体として三郷昆虫クラブ (以下「昆虫クラブ」という) を立ち上げました。小学4年生から中学3年生までを対象に、フィールドにおける採集・観察会を中心に四季を通じて自然や昆虫と関わるおもしろさ・楽しさを知ってもらい、自然環境を大切にする心を育むことを目的としました。また、一過性の観察会と違い継続性を図ることで、自然へのより深い理解を得られる機会とし、保護者等を通じて多くの地域の人たちと関わりを持つことにより、将来の郷土の自然保護に繋がる機運の高まりを期待しました。

主な活動

 昆虫クラブの活動の特徴は、自然観察会を中心に、「採集」と「飼育」を取り入れていることです。子どもたちに昆虫の魅力を知ってもらうために採集は不可欠という信念のもと、モラルのある採集活動を行ない、標本作成も指導しています。

 飼育は主にチョウやガの幼虫を育て観察することで、変態の不思議や食餌植物などへの関心を深める機会とします。自分で飼育し羽化させた成虫は標本にしにくいという声をよく聞きます。採集と飼育をバランスよく取り入れることで命の痛みを伴った活動に繋がっていると感じています。

 活動の留意点として、安全の確保と観察フィールドへの移動の必要から小学生は保護者同伴を原則としました。また、活動中の事故に対応するため、年間を通じた保険に加入しています。安全面ではスズメバチ類やドクガ、マムシ、ヤマウルシなどの有毒な動植物についての指導は欠かせません。

 昆虫クラブの主な活動内容を以下にまとめます。

① 採集・観察会 月2回から3回 4月から11月 安曇野およびその周辺の野山で実施。採集や観察方法、記録を取ること等を指導。

② 標本づくりや飼育方法の講習会 随時 展翅の基礎や標本の取り扱いなどを指導。飼育は野外採集や採卵したものを提供し、飼育観察をしてもらう。

③ 昆虫合宿 年1回 6月から7月 宿泊学習。朝から夜まで「虫づくし」の2日間を過ごす。

④ 夜間採集会 年2回から3回 ライトトラップや夜の雑木林の観察会

⑤ 昆虫展 年1回 子どもたちの標本や写真、保護者や指導者の写真などを三郷地域の文化祭に出展。人気の企画展として定着。説明は子どもたちが行なう。

⑥ 講演会 (一般参加) 年1回 虫をテーマに専門家の話を聞く。

⑦ 随時 雑木林の手入れ作業、高山チョウの観察登山、開発に伴う在来植物の移植作業、オオルリシジミの保護活動への協力、多摩昆虫自然園の見学、ビオトープの管理などを実施。

昆虫採集について

 昆虫採集が夏休みの自由研究の定番であったのは昔の話です。高度成長期あたりを境に、子どもたちの周りから身近な自然が消え自然保護意識が高まる中で、虫の命を奪う罪深い行為と見なされるようになってしまいました。昆虫クラブでは、あえて昆虫採集を前面に出した活動をしています。集団で活動するときには採集数を制限し、雌は捕らないなどのルールを設けて採集圧に配慮しています。きちんと標本にして同定を行なうと、姿かたちは似通っている種であっても、その違いを認識することができます。また、ひとつの虫についてより深く知ることは、その虫やそれを取り巻く環境を守ることにも繋がります。私は多くの人々が健全な昆虫採集をしていたら、日本はこんなに開発されることはなかったとさえ思うのです。

 一方、採集への理解を得ることの難しさは、活動を始めて30年近く経っても変わっていません。活動中の採集行為に対しての批判や、学校へ標本を持っていったら先生から注意を受けた、ということもありました。

 里山で活動していたときのことです。地元の人たちに取り囲まれ、採集行為への注意を受けたことがありました。子どもたちにも気まずい雰囲気が伝わり、足取りが重く感じられました。その後、毎回の観察ポイントのひとつ、エノキの古木の前に到着して愕然としました。何と根元から伐採されていたのです。子どもたちと切り株を囲みながらいろいろと考えました。まとめとして、「今までの観察で、この木がオオムラサキを始め、多くのチョウの幼虫を育んでいたことを学んできました。虫のことを知らないでいることのほうが、自然を失うことに繋がるのです」と述べたことを覚えています。

 子どもたちが、捕まえた虫を間近で見るときの驚きや感動の表情は、昆虫採集が決して間違っていないことを確信させてくれます。「子どもたちの昆虫採集に市民権を得たい」…これは今もって私の切なる願いのひとつとなっています。

活動の成果

 子どもたちのフィールドにおける様子を見ていると実に楽しそうです。ミヤマカラスアゲハを採集してあまりの美しさに手が震えてしまう子や、幼虫の擬態を驚きの眼で見つめる子、あるいは見事な網捌きでトンボを捕獲し喝采を浴びる子など、子どもたちがフィールドで躍動する姿から、実は私自身がやる気をもらっています。また、何年か継続して参加している「先輩」たちは、後輩たちの指導にあたってくれるので、そうした繋がりが一層「のめりこむ」きっかけになったりもします。毎年開催される昆虫展には、子どもたちが作成した昆虫標本が並びます。経験を重ねた先輩たちの緻密で美しい標本に刺激され、意欲を燃やす後輩は少なくありません。

 1995年にはクラブ員が長野県初となるツマグロヒョウモンの越冬幼虫を小学校の中庭で発見しました。また、松本平におけるクロコノマチョウ、ナガサキアゲハ、クロメンガタスズメなどの北上する南方種の最初の発見は、昆虫クラブの子どもたちや保護者によるものです。

 また、「保護者同伴」のスタイルは思わぬ効果をもたらしています。複数の保護者から「子どもと共通の話題ができ会話が増えた」とか「親子関係を深める機会になった」という声があったり、活動がきっかけで自然観察インストラクターになり、県の自然公園に勤務した保護者や、オオルリシジミの保護活動、市環境審議会委員、昆虫クラブサポーター等で活躍したりする保護者もいます。

巣立つ昆虫少年と昆虫採集の関係

 昆虫クラブの参加者の傾向として、小学4年から6年で修了する子どもが最も多いのですが、中には中学3年生までの6年間、活動に参加した後、高校、大学に進学しても「虫屋」を続ける者がいます。このようなOB たちには、「昆虫採集や標本作成を一生懸命やっていた」という興味深い共通点があります。昆虫採集は「自然を大切にしたい」という想いを抱く若者たちを育むと確信する所以です。

課題

 長年に亘る活動は、それに関わった人たちや昆虫展などを通じて、地域の理解を深めることに繋がっていると感じていますが課題もあります。

 例えば活動場所の問題です。里山は手入れが行き届かない森林が広がり、光の射さない暗い環境になってしまった所が多く、広い畦道などの良好な草原環境もほとんど無くなってしまいました。安全で採集ができる活動場所の確保にはいつも頭を悩ませています。

昆虫少年を育む継続的な活動

 長野県には筋金入りの虫屋の先達がいます。例えばチョウ研究者の故浜 栄一氏は、何度も子どもたちとフィールドを一緒に歩き、チョウの幼虫期の観察のポイントや記録方法を教えてくださいました。故曽根原 今人氏からは、ビオトープ池の造り方やトンボ標本の作成方法などを教えていただきました。達人たちの虫や自然に向き合う姿や考え方は、昆虫クラブの活動に活かされ引き継がれています。

 自然観察の機会は、子どもたちの周りに少なからずあります。しかし、昆虫教育を目的とした継続的な活動を行なわない限り、次世代を担う昆虫少年の育成は難しいと考えます。学校における昆虫教育の展開が難しい今日、その役割は社会教育に求められているといえましょう。

 三郷昆虫クラブは、募集する対象地域を三郷地区の中に留めています。今年で29年目を迎えますが、小学生を中心に10名ほどの子どもたちが参加しています。姉妹活動に「田淵 行男記念館友の会」があり、こちらは広く参加者を募って、昆虫クラブとほぼ同じ活動をしています。昆虫に目を輝かせる子どもが一人でもいる限り、活動を続けていきたいと考えています。


那須野さんのプロフィール

三郷昆虫クラブ世話人・安曇野オオルリシジミ保護対策会議代表・安曇野市教育委員会文化課長


次の記事へのリンク 分野 7 の次の記事を読む

他の記事へのリンク 分野 7 の目次へ戻る


トップページへのリンク トップページに戻る