子どもと医療・障害・いのち 事例 4

条例と性教育

うごく保健室 吉田 アイ子

吉田さんの似顔絵

1 「子どもを性被害から守る条例」って?

 長野県が作成したパンフレットには、子どもを性被害から守るために「予防のための教育・被害者支援・県民運動の推進・規制により子どもを性被害から守るための取り組み」と書かれています。

 子どもの性被害とは…①子ども (18歳未満) に対する性行為等の禁止 (威迫、欺き、困惑させることなどによる性行為・わいせつな行為) ②深夜 (11時から翌日4時まで) 子どもを連れだすこと等の禁止 と条例に定められています。

 長野県は全国でも唯一、青少年保護育成条例が作られていない県でした。県民の中からは青少年の健全な育成を図るために何度か作った方が良いという意見が出されましたが、条例で処罰するのではなく、県民運動で進めようと条例を作らないできました。

 条例が全国で作られ、長野県が最後に残ってしまったこと、SNSを通じた性犯罪が頻繁におこる現状で、長野県も条例を作らざるを得ない状況に追い込まれたのです。

2 条例ができるまでに仲間と取り組んだこと

① 阿部知事は3年間かけて県内さまざまな場所でのタウンミーテイングで県民の声を聞く場所を提供しました。私が所属している“人間と性”教育研究協議会長野サークルでも、タウンミーティングに仲間と手分けをして出席し、学校で行なわれている性教育の実態や子どもの様子・学校で教師が困っていることなどを訴えました。

② 学校の「性教育の充実」を条例の中に盛り込んでほしいと強く訴えました。

 当初出された条例文には「性教育」という文言が記されていませんでした。再三にわたり訴え、平成28年11月1日に公布された条例文には「学校における人権教育や性教育 (性に関する指導) を充実させるとともに…」という文言が入りました。

③ 2018年の8月4・5・6日に“人間と性”教育研究協議会の夏期セミナーが、長野市で3日間にわたり開かれました。長野サークルが誕生して30年で実践集も作り、長野県の性教育の取り組みを宣伝しました。実践集の題は『すべての人に性の学びを〜こんな取り組みをしてきました長野版2018〜』です。

④ 退職した養護教諭の仲間が県内で要望のある小・中・高校に授業に入る取り組みもしてきました。

 講演という形もありますが、各クラスに入って授業する形に変えました。1クラスずつに入って行なう授業だと生徒の表情もわかり、グループで話し合う活動を入れたりしながら、生徒が性を自分のこととして考えられる授業になるようにしていき易いからです。

⑤ 県では、教職員対象の研修をするために性教育をする講師の名簿作りが進みました。仲間も進んで名簿に名前を挙げ、講師として参加できるようにしました。

研修を受けた参加者からは「忙しい日々の勤務の中で、講師が学校に来てくれて研修ができることがすごく良いので、対象が10校だけになっていますが、来年度からはもっと増やしてもらえると ありがたいです」という声が聞かれました。

3 いつでも子どもの実態からスタートする性教育

 生徒に好評だった授業の中身を紹介しましょう!

 高校1年生の授業です。テーマは『これからも自分らしく生きていくために、いま考えたいこと』。この授業のねらいは、「性交のマイナスイメージを払拭することです。

① 「君たちの誕生日を聞きますから、自分の誕生月に手を挙げてください」

 ほとんどの月でみんなが手を挙げましたね。ということはいつでも出産しているということです。動物は生まれた子が育っていくのに適した時期に出産します。その時期に出産できるように交尾をするのです。

② 「では人はどうだろう?」と問いかけます。

 人は大概、一回の出産で一人の子どもを産みます。一度出産に失敗してしまうとまた280日待たなければなりませんから、合理的に子どもを産めるように発情期をなくしていつでも性交ができるように、子どもを作れるように進化してきたのです。

 『なぜヒトの性だけ複雑になったのか』 (河出書房新社 大島清著 13㌻14㌻) の資料を読みます。

③ 黒板に長い人生テープを貼ります。それは0才から100歳までの数字が書かれた人生テープです。

 自分の人生を生徒にイメージさせます。8枚の触れ合っている写真を貼っていきます。貼られた写真を見ながら気づいたことを出します。始めは親子だったのに兄弟 (姉妹) になり友だち、恋人、夫婦と変わっていくので、相手が身内から他人に広がっていくと生徒が気づきます。

④ 「なぜ相手が変わっていくのか?」と質問します。

 人生テープと一緒に月経がある期間の赤いテープと射精がある期間の青いテープの説明も加えますと「子どもを産むために相手が変わっていく」と納得します。事前にふれあいアンケートを取ってありますから合わせて考えると触れ合うと気持ちが良かったり安心したりすることを自分の体の実感として生徒は納得していきます。 (昨年の白書にふれあいアンケート掲載)

吉田さんが描いた親子のイラスト 1 吉田さんが描いた親子のイラスト 2 吉田さんが描いた兄弟姉妹のイラスト 吉田さんが描いた友達のイラスト 1 吉田さんが描いた友達のイラスト 2 吉田さんが描いた恋人のイラスト 吉田さんが描いた夫婦のイラスト

⑤ 「どうして人はふれあいたいのか」

 子宮の中の胎児の絵を見ながら説明します。皮膚は「記憶する袋」とも言われ胎児の時に体中が子宮壁に密着していた心地良さを皮膚が覚えているのです。

 さらに「卵もさびしかった」の文を読みます。 (『君たちは性をどう考えるか』 奥田継夫著筑摩書房 13㌻14㌻)

 人が触れ合うことにすごい力があるとわかりマイナスイメージが変わります。

吉田さんが描いた妊婦のイラスト

⑥ 性交することのリスクは何だろう?

 動物のように発情期がない人間はいつでも性交ができるわけですが、困ることはないだろうか?生徒が考えられることを学習カードに書いてもらいます。ここでは「思いがけない妊娠」と「性感染症」について考えさせました。

⑦ 最後に「セルフプレジャー」について説明します。

 今までは「マスターベーション」とか「自慰」「オナニー」と言っていました。セルフプレジャーは最新の言葉と伝えます。日本語では「自体愛」で、「自分の体を自分で愛する」という意味になります。自分の体ですから自分の体の調子に合わせていくらでもしてよい行為です。合わせてセルフプレジャーのメリットも伝えます。

⑧ こんな授業を受けた生徒の感想は、私たちの取り組みを背中から押し出してくれるような元気の出るものでした。

 「今の日本では性のことはタブー視されているような感覚があったので今回の授業で包み隠さず聞けて良かった。でももっと小さい頃から正しい知識を身につけていけるような社会なら性犯罪も減るのかなとも思いました」

 「性交は性感染症とかで良いイメージはないけど、子孫を残したりコミュニケーションをとるうえで大事なこともあると思った」

 この生徒へ講師からの返事は「人との触れ合いは性交のみにとらわれず見つめあう、手をつなぐ、いっぱい話すなど、触れ合うことはいろいろな場面でできますね」と返しました。

4 今後の課題

 仲間と共に学校に出向いて性教育の授業をさらに広めていきたいと思います。だんだんと、性被害を予防していくための性教育ではなく、どの年代でも広く性を学んでいかれる包括的な性教育で、みんなが幸せに暮らしていかれる社会づくりに広がる性教育にしていきたいです。


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