子どもと医療・障害・いのち 事例 2

この10年で変わってきた子どものお口の状況・このおかしさに親と歯科医はどう向き合うのか

神谷小児歯科 歯科医師 神谷 誠

神谷さんのイラスト

子どものロコモが止まらない

 2014年放送のクローズアップ現代で、放映された「子どものロコモティブ症候群」は、その後も一向に改善される見通しが立っていません。下図表に示された、5項目の基本的運動機能評価を、小学校就学前の聞き取り調査項目に、取り入れている学校も見受けられます。

運動器事前検診結果 (平成26年3月18日 中学2年生143名) のグラフ。運動器不全を有するもの (5項目中1つでも当てはまるもの) 51.7% (片足立ちが5秒以上できない 7%、しゃがみ込みに問題あり 13.3%、肩が180度まで上がらない 11.2%、腰椎前屈で指先が楽に床につかない 35.7%、グーパーに問題あり 20.3%)

 しかし、これらの運動機能強化を行なうことだけで、子どもの体の発育支援を果たせると考えるのには無理があります。

 そんな中、歯科医院には、2018年度の健康保険改定で「小児口腔機能発達不全症」との病名が付加されました。明らかに病名だけが先行されたもので、改善努力義務・治療業務が、歯科の現場に押し付けられた形となっています。これまでに歯科医療は加齢に伴う、フレイル (虚弱) を早期対応で予防可能とし、「食べる機能の生涯維持」を果たそうと努めてきました。現実にその効果は上がりつつあります。しかし、そのままを子どもの発育、口腔育成に当てはめるのには未解決の部分が多すぎます。現場の歯科医院には、多くの戸惑いや混乱を生じています。

 ほんの20年前には、歯科治療をかたくなに拒否する患者でない限り、子どもたちは歯科治療の際、10分程度は口を開け、保つことができていました。最近はわずか数分の歯科治療中であるのに、「お口を開けて」との言葉がけを頻繁に行なわなければならなりません。さらに、奥歯まで見えるくらいに口が開けられない、口蓋垂が舌の根元に隠れて見ることができないなど、口腔内容積の極めて狭い子どもが一般的となってきたように思えます。私見ではありますが、前屈のできない子どもは、お口が開きにくいという関連があると、筆者は考えています。

いきなり虫歯 治らない虫歯 なくせない歯肉炎

 おおよそ3歳から4歳の間に、乳歯が生えそろい、乳歯のかみ合わせ (咬合) が決まります。一般的に歯の萌出中は虫歯になりやすいといわれ、完全に上下の歯が咬合した後は虫歯の発生率は低下します。要するに、虫歯予防のかなめは、歯の生えかけ から 咬合完成までといわれてきました。しかし、最近は予測不能な虫歯が増えてきています。

歯磨きが行き届いた、きれいな口の中の写真

 上写真は大変よく歯磨きの行き届いた、きれいなお口の中です。歯の萌出直後から6才まで定期的な予防健診を行ない、虫歯の原因とされる歯垢など、まったくないお口の中でした。ところが何の前触れもなく奥歯の歯と歯の間に穴が開いてきたのです。わずか3か月間で急速に虫歯が進んだにしては、口腔内のどこにも荒れた様子が認められませんでした。愕然として言葉を失うほどの衝撃は、母子だけでなく、私自身も同じでした。しかし、数年前に経験したこのような虫歯が、最近はごく当たり前のように増えてきました。おそらく次のようなことがそこに起きていると思います。

 特に永久歯前歯の生え変わりとなる頃、前歯が使えなくなるため、それまで以上に奥歯にかかる噛みしめの力が増す→片咀嚼や歯ぎしり食いしばり癖が増す→乳歯奥歯に横ずれの力がかかる→奥歯の歯と歯の間に擦り傷ができる→虫歯菌の住み家ができる→歯ブラシも糸ようじも届かない傷に、食べカスが挟まって虫歯菌が急速に増える→あっという間に穴が開く。

 本当に予防が難しい虫歯であることが、おわかりいただければ、幸いです。

生えてきた時にすでに虫歯になっていた「形成不全歯」の写真

 上の写真は、生えてきた時にはすでに虫歯になっていた「形成不全歯」です。その原因も定かとなっていないこのような虫歯は、やはり昨年の健康保険改定で、継続した予防管理の対象歯となりました。それまでは、通常の虫歯と同じように溶けて柔らかくなった部分を、削り取り、人工物で詰めていました。しかし多くの形成不全歯は広範囲に軟化した部分が広がっており、通常の虫歯治療と異なり、現在はそれを削り取らずにフッ素などを適用しながらの経過観察を続けることになっています。まさに、治せない虫歯が増えているのです。

歯肉炎の写真

 上は少々わかりにくい写真ですが、歯肉炎の中学生です。また繰り返しになりますが、歯磨きはきちんとされているのです。しかし、歯を囲う歯槽骨という骨と歯肉が薄く、加えて、下口唇の荒れから見てとれるように口呼吸が常態化しているため、わずかな体調、環境変化で一気に病状が進み、後戻りできない病態に陥る可能性が高いのです。

 明らかな歯磨き不足や、生活習慣の乱れから生ずる虫歯や、歯肉炎なら、まず徹底した歯磨き指導が第一選択となります。しかし、永久歯が生えそろった頃から、歯周病 原因菌を 増やさない対応が併せて求められることになってきました。歯周病 原因菌は、歯と歯肉の間にある血液を栄養源として、急速に増えてゆきます。出血を恐れず、元気よくゴシゴシ磨いて!と号令をかけることが、途中から変更とならざるを得ないのです。中学生に対する、自分に最も合った歯磨き方法の、個別指導教育の重要性が、この時期に必要なのです。

お口を荒らす、最凶の敵。口呼吸!

年齢を問わず口腔は、非常なほど乾燥に弱いのです。口腔は食物の入口であり、消化管の始まりだからです。消化粘膜は外皮 (皮膚) と違い非常に傷つきやすいので、粘液で常に潤っていなければならないのです。ところが口腔内の唾液はとても乾きやすいので、口呼吸すればたちどころに、口腔内の免疫バリアは破たんしてしまいます。交感神経の緊張で唾液はネバつき、緊張が続けば唾液量も激減しますが、口呼吸の被害に比べる程のものではありません。子どもたちよ、どうか口を閉じて、鼻で呼吸してください。口呼吸ができるのは、哺乳類の中で、人間だけの特権です。なんて崇めてはいけません。それは明らかに重大な健康障害を起こす、異常行為なのですから。

と、喉を枯らして訴えても、子どもたちの口呼吸は止みません。ゲームや、スマホの画面に食い入るように集中しながら、ほら今注意したばかり、3秒もたっていないのに、また開いています。注意喚起を求めるおとなたちも口が開いています。世間ではいつの間にか、睡眠中の口テープが流行っています。せめて睡眠中だけでも、口腔内の乾燥を防いでいただけると、それなりの効果は認められます。しかし、それさえできない子どもたちは実に多いのです。口呼吸の子どもたちの言い訳はほぼ一つ、「鼻から息ができないから」。

今、歯科医院が考える口腔育成とは何か

種々のアレルギーによっておこる鼻づまりは、これまで、鼻通りそのものの、問題とされてきました。しかし、諸外国の報告でも、また国内でも口腔容積の発育不足と、鼻腔の成長に深く関係があることが示されています。小児歯列矯正医のなかでも、歯列咬合不正改善のための口腔容積育成手段が、鼻通りを改善する結果になったと報告しています。安易に言い換えると、次のようになります。お口の発育不足で、歯並びや咬み合わせの悪いお子さんの治療をすると、口呼吸の改善に至ることがあります。また、歯並びや咬み合わせの発育には、口腔周囲筋のバランス良い発達と、顎関節の動きの健全化、頸椎の育成 (ストレートネックや、猫背の改善) を伴います。

健康保険の対象外である矯正治療以前に、口腔機能訓練が保険適応となっています。さまざまな運動練習プログラムの中で、筆者が最も有効活用しているのは、引きちぎり体操です。詳細は専門医院まで。参考程度に以下のイラストを参照してください。

引きちぎり体操のイラスト。タオルで唇を切断するようなつもりで力いっぱい口を閉じる。重要なポイントは顔の全部の筋肉を使うこと。タオルを引っ張りすぎないように注意。

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