子どもと医療・障害・いのち 事例 1

がん教育など健康教育へ舵を切る学校保健

医療法人 (社団) みのしまクリニック 蓑島 宗夫

蓑島さんの顔写真

学校保健の改革は続く

 学校保健分野では、学校健診について数十年ぶりの大改革が昨年までに行なわれ、県内各地の学校においても概ね軌道に乗ったものと思われます。それは「座高測定と蟯虫検査は原則廃止され…新たに追加された検査が、四肢の検診 (以前から行なわれていた脊柱の検査等とあわせて運動器検診と総称されています) と、成長曲線を活用した成長評価です」。詳細は昨年の本誌をご覧いただきたいと思います。これらは、我が国の児童生徒の疾病罹患状況と医学の進歩に沿った改定であり、学校生活を支障なく継続する上で、また将来の日本の担い手の健康維持増進という観点からは必要なものであり、肯定的な評価をしてよいと思います。

 但し、必要な改革であっても、現場の養護教諭や学校医にとって不慣れな分野の業務が一気に導入されましたので、関係者は一連の準備作業と本格的な実施にあたり、莫大な労力を費やしました。ようやく一息つけるかと思ったところに、「健診の改定は一通り済んだので、今後は健康教育を重視していく」という趣旨の発言が、日本医師会学校保健担当役員から昨年の研修会においてありました。また、今年1月に発行された日医総研ワーキングペーパー№423「健康教育に関する医療界と教育界の連携強化に向けて-国の施策及び連携事例の考察を中心に」には、より詳細に書かれてあります。

政府肝いりの「がん教育」

 平成26年秋の第187回国会衆議院本会議で、がん対策についての安倍総理の答弁は、「がん検診の受診率向上のための取り組みを進めるとともに、児童生徒に対する『がん教育』について、現在行なっているモデル事業の成果を踏まえ、どのように全国で展開していくか、検討を進めてまいります。」としていました。また、平成27年の第189回国会予算委員会で下村文部科学大臣 (当時)は「学校におけるがん教育を推進するに当たっては、専門的な知識を有する医師、そしてがん経験者の活用が、児童生徒の心に響く授業を行なう上で効果的であるというふうに思います。このような、医師を初めとする外部人材の活用も含め、がん教育の実践的な推進方策を研究するモデル事業を平成26年度から、がんの教育総合支援事業として実施を始めました。この中で、医師等の外部講師の派遣に必要な経費も措置をしております。」と答弁し、法整備もしながら政府主導で強力に推進してきていることがわかります。

 小学校は平成32年から、翌年から中学校、その翌年から高校において、がん教育を全面実施するという文部科学省のスケジュール表 (図1) もありますので、モデル校の先行実施も終え、そろそろすべての学校での実施という段階に入ってきています。

「がん教育に関する政府と文部科学省のスケジュール」表から抜粋 (原図派文部科学省が作成)

現状の健康教育は誰が担当しているか

 健康教育は、教科の授業に属さないものは養護教諭が担っていたり、保健体育や家庭科としては教科担任が、特別活動や道徳の授業においては学級担任が受け持ったりしているのだろうと思います。性教育については助産師、禁煙教育や薬物乱用防止教育では薬剤師などが外部講師として以前から担ってきている地域や学校もあります。

 一方、小中学校、高校における健康教育を学校医が中心になって担っているという地域は、現在のところあまりないだろうと思います。これまで学校医には児童生徒の集団を対象にした健康教育を担った経験はわずかしかなく、そもそも小中生向けの教育を行なうのに必要となる教育学的な知識やスキルを一般の医師の多くは身につけておりません。

学校医は「がん教育」など健康教育にどうかかわるか

 学校医がすぐできることは、担当校の学校保健計画の立案に際して健康教育についての助言をすることです。そのために、健康教育は学校保健の重要な構成要素として位置づけられるものであると認識し、すでに学校で行なわれている健康教育の内容や実態をまずは把握することが必要だと思います。

 成人 小児を問わず、各種健診などのスクリーニングが行なわれて要受診とされても、精密検査の受診率はさっぱり上がらない分野もあり、がん検診の受診率は先進国の中においては低いという日本の現状です。健診における現行のアプローチに限界が見えてきている中で、市民の行動変容のカギは小中学生からの健康教育だという戦略は妥当なものだと思います。今後進められる小中学校、高校での「がん教育」の導入にあたり、学校医が置いてきぼりにならないよう逐次最新情報を得ておく必要があります。

文部科学省の「がん教育」教材など

 文部科学省のウェブサイトのがん教育のページ(http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/1370005.htm)に、以下のように資料や文書が収載されています (2019年3月17日現在) 。この教材を読むとどのような内容を児童生徒に教えることになっているかよくかわります。

・がん教育推進のための教材 (平成29年6月 一部改訂)

・がん教育推進のための教材 指導参考資料

・平成30年度がん教育外部講師研修会・シンポジウムの開催について

・学校におけるがん教育の在り方について (報告)

・外部講師を用いたがん教育ガイドライン

・平成28年度がんの教育総合支援事業成果報告会

・がんの教育総合支援事業におけるモデル校の取組

・平成29年度におけるがん教育の実施状況調査の結果について

 この文書の中の「学校におけるがん教育の在り方について (報告) 」に、がん教育の目標が次のように示されています。

① がんについて正しく理解することができるようにする: がんが身近な病気であることや、がんの予防、早期発見・検診等について関心をもち、正しい知識を身に付け、適切に対処できる実践力を育成する。また、がんを通じて様々な病気についても理解を深め、健康の保持増進に資する。

② 健康と命の大切さについて主体的に考えることができるようにする: がんについて学ぶことや、がんと向き合う人々と触れ合うことを通じて、自他の健康と命の大切さに気付き、自己の在り方や生き方を考え、共に生きる社会づくりを目指す態度を育成する。

現場で慎重に扱うべき課題

 家族にがん患者がいる児童や小児がんの既往がある児童がいる学級でも、今後は「がん教育」が行なわれることになります。そのような場合、どのような配慮や準備が必要なのか、現場での慎重さが求められています。学校現場での情報は外部に出ることが少ないので、地域での実態把握や調整は簡単ではないと思いますが、各学校や自治体単位で、学校医や養護教諭を含めたチームを作って取り組んでいくのがよいだろうと思います。


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