結婚・子育て・保育 事例 1

安全に安心して預け、子どもの育ちを保障できる保育の場を 保育の市場化・保育の無償化を考える

長野県保育問題協議会 会長 渡邊 暢子


保育の規制緩和と市場化

 1990年代の後半には、経済の成長戦略として、保育分野にもさまざまな緩和策が実施される中、2000年には民間の保育園の設置主体は社会福祉法人に限定されていたものが、株式会社やNPO法人などの設置が可能になり、規制緩和されていきます。2007年からの10年間に、株式会社の園は 1%から5.3%に、社会福祉法人の園は44%から52%に増え、公立園は51%から38%に減少するなど民間委託が進み、公的な保育の減少が大きく進んでいきます。すでに始まっていた定員を超えて入園をさせる規制緩和は、年度当初は15%・年度の途中は25%から始まり、2010年には年度当初の15%の規制が撤廃され、最低基準を達成していれば何人でも入園させることができるようになりました。定員を超えた入園は、保育室内の空間を狭くし、子ども同士の過密現象を生み、子どもの育つ環境として見過ごすことのできない問題になっています。

 2015年に実施された子ども・子育て支援制度では、多様な基準や条件による保育の提供がされ、地域型保育事業では面積基準は各市町村が条例によって自由に設定をすることができ、保育士資格を持たない者の配置も容認されるなどの規制緩和が続いています。

急増する企業主導型保育園では

 2016年に安倍政権が突然創設した企業主導型保育園は、国が待機児 対策として推進し、全国の企業の拠出金で内閣府が主導して、児童育成協会に助成金申請受付や支給事務を委託している事業で、書類の提出だけで審査もなく認定をしています。2018時年3月の時点で2,597か所が認定され利用者が5万9,703人と急増しています。この事業は認可外保育園ですが、保育者数など一定の条件を満たせば認可並みの助成金 (1億円強) を受け取れるので、参入が相次いています。2018年10月時点で、全国で8か所が閉園撤退しています。人数を水増しして助成金を不正受給して逮捕されたり、助成金の支給の遅れで資金繰りが困窮などの理由で、東京の世田谷区では職員の大量退職などで休園するなどの事態が生じています。新規参入での経営の混乱や定員割れ、市区町村の審査指導のしくみがないこと、そのうえ急増で質のチェックが困難などのさまざまな問題が噴出しています。2017年4月から9月に行なわれた施設への立ち入り調査では70%の施設に対して文書指導を行なっています。保育に必要な保育者の不足、午睡中にうつ伏せをしている、アレルギー対応がないなど重大な事故につながるものも多くあり、保育中の子どもの死亡事故の発生は、認可保育園に比べ認可外の保育施設が高いことが明らかになっています。2019年2月の有識者会議では、国は質の確保が十分でないことを認め、運営者の認定に当たって、実績5年以上を対象にすることに改めるなどの方針を出しています。

 東京都は2月 繰り返し改善勧告をした認可外保育施設の運営に問題があるとして、施設名を公表しました。施設によっては13名の乳児を1人で保育をしている実態もあります。質に問題があっても、働く親にとって、入園できる先があることは切実な問題ですが、子どもが育つ場所はどこでもいい訳ではなく、専門性の高い保育者がいることや 子どもにとって安心して過ごし、自分を出せる環境が保障されていることが大前提だと思います。

 保育の規制緩和や市場化の中で、基準を満たさない認可外施設にも5年間の猶予期間が設けられ、無償化の対象になっています。国から営利を目的にする施設にも公的資金が支給され、保育という商売が成り立つ時代になってしまいました。

 子どもが儲けの道具にされている、親の預ける場所が必要という弱みに付け込み 劣悪な環境で預かる、儲からなければ気軽に撤退するなど問題が噴出しています。子どもらしい育ちを保障する視点で、改めて保育の制度や仕組み、本来の在り方など 考えていきたいことです。

幼児教育・保育の無償化の問題

 無償化は、2017年12月に閣議決定された「新しい経済政策パッケージ」の中に幼児教育・保育の役割として、待機児 問題や幼児教育の非認知能力の育成の重要性が高まっている、国際的にも3歳児から5歳児の幼児教育について所得制限を設けず無償化が進んでいるとして政府方針として取り上げられ、国会で審議中です。

 無償化は3歳児から5歳児のすべての子どもの幼稚園・保育園・子ども園・地域型保育・企業主導型保育・ベビーシッター・幼稚園の預かり保育の利用料を無償化することになりました。0歳児から2歳児は当面住民税の非課税世帯についてのみ対象です。また、無償化は10月から実施される予定の消費税の増税を財源に、私立園は国が2分の1、都道府県が4分の1を、公立園は全額市町村の負担になります。国の政策だから財源は国が…ではありません。財源の厳しい自治体にとっては、保育水準のひき下げを検討せざるを得ない状況が生まれる恐れもあり、新たな待機児の問題も懸念されます。

 政府の試算では、無償化の対象になる保護者の所得は 幼稚園の利用者の年収で680万以上の世帯が4割、保育園では年収640万の世帯が約半数となっていて、所得の高い層に偏っているとの指摘もあります。なぜなら低所得層にはすでに減免措置がされているからです。無償化は保育料のみが対象で、それ以外の給食食材費や行事費などの経費は対象から除くことになり、特に食材費は幼稚園と保育園の保護者の負担の統一化を図るためといわれています。保育園では副食費は保育料として応能負担と考えられていましたが、応益負担=実費負担に考え方を転換する事態になりました。国は食材費の徴収議論の中で公定価格での食材費の単価を主食材費3,000円、副食材費4,500円を示していますが運営実態調査の結果では、3歳以上児の主食費は703円、副食材費は4,720円となっています。食材費は保育園を利用するすべての保護者から徴収することになるので、無償化と言いながら低所得の世帯には負担増になることになります。また、実費徴収になるとしたら、単価×利用回数で保護者に請求する業務、滞納の回収業務などを含む事務業務量が増えることになり、保護者との信頼関係も複雑になることが予想されます。食材費が払えないから給食を食べられない…そんなことが起きるような事態は避けなければなりません。また、食を保育の一環として捉え、子どもの育ちに欠かせない営みとして、改めて子どもと食の問題についての議論が必要なることが考えられます。無償化の国の議論の中では、「何故、国の優先課題が無償化なのか」「待機児解消や保育の質を高めることの方が重要ではないのか」などの意見が上がっています。

保育の質の低下の懸念

 厚労省の調査では、認可外の保育施設は約6,500か所あり、利用者は約16万人です。この認可外施設に対して子どもの保育をするのにふさわしい内容や環境になっているのかを確認するために、都道府県が立ち入り調査をする指導監督があります。原則年1回以上行なうことになっています。さまざまな設置主体の保育園が急増する中、重大事故を防ぎ、子どもの命を守るために立ち入り調査をすることは大事です。指導監督の基準は年1回の立ち入り検査を行ない、繰り返し指導しても改善しない場合は改善勧告、それでも改善しない場合には、施設名を公表することになっています。

 認可より子どもの面積基準や人員配置基準が緩和される中で、保育の質の問題は問われなければならないことです。特に指導監査の基準を満たさない認可外施設も5年間は無償化の対象になりますので、それらの施設は無償化の対象から外すなどの対応をしないと質の確保は難しくなります。

 また、職員の配置基準は質を見る上で大事な指標です。国は保育の質の検討を昨年から開始していますが、中間報告では保育の質を確保し、向上させていくには、職員間の語り合いや学び合いが保育の質を支えるとしています。しかし、現場の話し合うゆとりもない状況を考えると、人的な環境や働くうえでゆとりのある環境こそが保育の質や労働の質を支えるのではないのかと思います。そのことが子どもが安全に安心して保育を受ける権利になるのではないでしょうか。日本が子どもの権利条約を批准して25年です。先般国連の子どもの権利委員会の総括所見が発表され、日本の子どもの権利に深刻な懸念があると指摘しています。子どもの権利の視点で改めて保育を考えてみたいと思います。


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