子どもとメディア・ネット 事例 6

ネット・スマホの長時間接触による視力低下に潜む両眼視機能異常

ネット健康問題啓発者養成全国連絡協議会 共同代表

弘前大学教育学部元教授 大谷 良光

大谷さんの顔写真

1 眼に発症している事実

 2018年版『長野子ども白書』分野3「子どもとメディア・ネット」で清川輝基氏が、ネットの長時間使用による子どもの健康被害について概観を述べ、長野県の取り組みの遅れを批判しています。

 私は、これらの健康被害・発達阻害の中で、眼に係わる問題に絞り、明らかになっているデータに基づき述べます。

 ネット・スマホによる眼の問題というと、視力低下問題、「スマホ老眼」、ブルーライト問題を想起する方が多いと思います。 2018年度の文部科学省健康調査で、子どもの視力低下とスマホ利用との相互関係が論じられました。しかし、視力低下現象の裏でより深刻な事態、すなわちスマホや携帯ゲーム機等モバイル端末の長時間接触が要因で起きている事態です。

 それは、スマホを縦に使うことによって生じる輻湊 (より眼) が長時間続くため、さらに目の近くで使い続けているため輻湊が目に過剰な負担をかけ、調節輻輳障害や眼位異常などを発生しているからです。

眼の構造のイラスト

図1 出展:フリー画像 (http://www.civillink.net/esozai//large/piks230.gif)

 その一つの症状が多くのスマホ利用者に表れている「スマホ老眼」です。図1のように輻湊とピント調整により眼のレンズ (水晶体) を操作する毛様体筋という筋肉が疲労する「眼精疲労」です。

 さらに進むと毛様体筋の緊張による疲労で、内側に寄った眼球が一時的に戻らなくなる「急性内斜視」という眼位異常 (三村治博士) 、また検査で片方の目を覆うと覆った眼球が内側に寄る内斜位 (隠れ内斜視) や外側による外斜位 (隠れ外斜視) という眼位異常が発生する場合があります。

両眼視機能異常のイメージイラスト

図2 制作:鈴木武敏

 そして最も深刻な症状が、長時間接触の連続で過度の疲労の蓄積より輻湊を維持できなくなると、物がダブって見えるために、図2のように、脳の働きで「片方の目を使わないように」という間違った指示が出て、両眼の正常な協調的な働きが妨げられる「両眼視機能異常 (近見反応失行) 」 (以下「両眼視異常」と省略) です。この新症状が発症することが最近の研究で明らかになりました。

 ここで問題なのは「スマホの使いすぎによる視力低下」、「何となく眼が疲れる」「ものが二重に見える」「ものがかすんで見える」等の症状があっても、それは「スマホ老眼」と軽く思っている方が多いことです。この症状が進行すると、片目で見る癖がつき、平常は眼が疲れなくなるため深刻化していることに気がつかないからです。

 ところが深刻な症状は現れています。立体的に見えにくくなり (立体視) 、遠近感が低下するため、野球や卓球等球技で空振りが増え、また距離感が取りにくいためボールを顔面等にぶつける等々がすでに報告されています。実際、我々が青森県でネット健康被害調査 (4,300サンプル) を行なった中で、「空振りが増えた」等の具体的事実を書いた調査項目を選んだ子ども達が3から5%いました。

 この症状を警鐘しているのは、岩手県の眼科医・鈴木武敏博士です。博士は東京の山手線に乗車し前の席に座っていたスマホ利用者を観察していて気がついたことがありました。それは、利用者の少なくない方が、スマホを顔の中心から外れて使用していることです。これは、輻湊障害による「片眼視」や「両眼視異常」ではないかと考え、研究仮説を立て調査を行ないました。その結果「スマホ長時間接触者に両眼視異常が現れている」ことを明らかにし、「これは眼の問題ではなく視覚神経ネットワークの異常症状であり、立体感、遠近感、視空間能力の低下から、今後さまざまな事故や眼の病気を引き起こすことが想定される」とその深刻さを訴えています。

2 両眼視機能異常・近見反応失行

 「近見反応」とは、近くのものを見るときに起きる眼の反応のことで、① 左右の眼を内側に寄せる輻湊 (より眼) 、② ピント合わせのために毛様体筋を緊張させ水晶体 (レンズ) を厚くする (調整) 、③ 瞳を小さく縮めさせる (縮瞳) 、の三つの働きを脳・視覚野がコントロールすることをいいます。両眼視異常とは、この機能が「失行」することです。

 そこで博士は、① 両眼で立体的に見えているかの立体視測定、② すでに片眼視になっているかの片眼視測定、③ 眼位異常が表れていないかの眼位測定、④ 瞳の縮瞳と輻湊が連動しているか否かの調整輻湊機能測定を行ないました。

 学校医でもある博士は、2013年度に担当校区の小学生177名と高校生100名を対象に、病院の休診日にスタッフとともに学校へ検査機材を持参し測定を行ないました。その後、2017年度に高校生500名を対象にした調査を行ない、その結果を学会等で発表されています。ただし、論文は現在執筆中です。

 以下、博士が講演されたスライドを参考に調査結果の一部を紹介します。

① 立体視と片眼視の調査結果

測定結果の一部が図3です。

立体視と片眼視の調査結果の一部

図3 制作:鈴木武敏

 小学生のみのデータを取り上げると、携帯電話・スマホを利用していない児童は約1割、利用者中他の要因により「立体的に見えにくくなっている」と思われる児童は2割 (先天的か後天的か) 、2時間以上利用者からは4割ほどに倍増しています。

 さらに、片方の眼で主に見ている「片眼視」の児童は、1時間利用者から出現し、2時間以上では5%の児童にその傾向が見られます。

② 眼位異常の調査結果

 図4の簡易眼位検査機を用いて調べたところ、「スマホ3時間以上利用者の10%の子どもに外斜系の眼位異常が見られた」と報告しています。    外斜系の眼位異常とは、図4のように、ものを見る時に片方の眼球が外により、片眼球のみで主に見ている、いわゆる片眼視です。

眼位異常の調査結果

図4 出展・提供:鈴木武敏

③ 調整輻湊機能 (より眼と瞳の関係) の調査結果

 図 5は輻輳 (より眼) と瞳の縮瞳の正常な関係を表したものです。輻輳すれば縮瞳 (ひとみが縮まる) し、戻れば散瞳 (ひとみが元に戻る) のが正常な視覚神経ネットワークです。

調整輻湊機能の調査結果

図 5 出展・提供:鈴木武敏

 ところが、平日スマホ+パソコン3時間以上の子どもの中に、図6のように輻輳しても瞳が縮瞳しない子どもたちが現れたのです。博士は、これは眼球レベルでの調整障害ではなく「大脳レベルの新症状」と警告しています。

輻輳しても瞳が縮瞳しないことを示すグラフ

図 6 提供:鈴木武敏

3 眼科関係者からもようやく警鐘が

 ネット健康問題での講演で本問題を紹介すると、「なぜ眼科学会や眼科医会、マスコミでは取り上げていないのか」「このことは事実なのか」と聞かれることがかつてありました。鈴木博士が学会に発表したのが2014年。地方の高校生のスマホ所持率も9割を超えた時期でした。そして5年前は、小児科医会関係者以外の医学界でスマホに特徴的に現れた症状について関心をもち研究する方が少なかった頃です。

 しかし、昨年度からあたりからようやく、研究が発表・紹介されるようになりました。

 2017年7月29日 NHK「ためしてガッテン」で、三村治 (兵庫県医科大学) 博士が「急性内斜視」を、2018年4月 国立成育医療センターが「スマホなど過剰使用により、斜視の発生や悪化を招く可能性がある」との論文を発表。2018年12月 日本弱視斜視学会理事長の鈴木美保教授 (浜松医科大学) が、「若者の斜視とスマホの関連調査を学会として開始」が報道されました。

 そして、本年2月に日本眼科医会が記者懇談会を開催し、これらに関する問題を報告しています。 

 眼の問題に限らず、医学関係者でもまだまだネット・スマホの長時間接触による健康被害問題への関心は薄い状況ですし、マスコミも消極的です。なぜか、本読者ならばおわかりでしょう。スマホの普及は国策ですから。原発然りです。

4 喫緊問題 乳幼児のスマホ使用

 以上の結果を鑑み、博士や我々が最も危惧していることは、乳幼児の2割くらいが、すでに1日2時間以上スマホやタブレットで遊ばされていることです (2018年内閣府調査) 。

 周知のように、子どもの脳の発達は図7のようで、眼や視覚野のネットワーク (「五感の脳」) は、6から10歳までにそのベースは完成するといわれています。

 その中でも、視機能は6歳で確立、視力や両眼視機能は、3歳までが発達のピークです。その乳幼児に、スマホを2時間以上も接触させていれば、視力、両眼視機能、視空間能力の視覚神経ネットワークが確立しないまま小学校に入学することになります。 

 脳には可塑性がありますので、6歳までに完成していた視覚ネットワークがその後損傷したとしても、スマホの使用を控える等医療的処置で回復する可能性があります。しかし、ベースの視覚神経ネットワークが確立していない子どもたちがその後どのようになるか相当に危惧されます。鈴木博士は「この問題は眼鏡補正で何とかなる問題ではなく、眼科学会あげての早急な対策が求められている」と警告しています。

年齢に対応する脳の発達度を表すグラフ

図6 出展:宮城県教育庁教育企画室「うちの子の未来学」・川島隆太制作

5 予防・対策はどのようにするか

 予防は、「スマホ・タブレット使用時は目から30㎝以上離し、長時間にならないよう気をつける」しかありません。鈴木博士は、眼科的視点から使用時間の目処を、小学生は30分、中・高学生は60分と、また乳幼児は使わせないのがよいと呼びかけています。

 対策は、すでにスマホを使用するようになって視力が低下してきた、スマホ利用時のスマホの位置が眼の中心からずれている、立体視に異常がありそうと思われる方は、使用を直ちにやめるべきです。または、時間制限アプリや機能を利用し、制限を厳格にするしかありません。

 本問題は、喫煙問題と類似しています。人が喫煙しても翌日から体のどこかに病状があらわれるわけではなく、害の蓄積がその後各種の症状を引き起こします。それが、わかっているから未成年者の喫煙や飲酒は法律で禁止されています。しかし、かつて喫煙には「寛容」な社会でした。

 「新ネット・生活習慣病」 (大谷・2016) ともいえる現状に、子どもへの法規制が必要な時期と考えます。


註) 本論は、鈴木武敏博士著「成長期にスマートフォンを使うと視機能に影響しますか」 (『あたらしい眼科』Vol.31臨時増刊号/株式会社メディカル葵出版、pp204から205、2014年) や、博士の講演記録を参考にしました。


※分野 3 の記事は以上です。

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